MAGIC☆SALT☆PARTY 7
2020.11.17
神化論のオールキャラギャグです。
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その頃、湖はすっかり戦場と化していた。
住まいを荒らされて怒り心頭の水竜は宙を舞い、ローズたちへ向けて大きく開けた口から鉄砲水を吐き出し攻撃する。いわゆる竜のブレス攻撃だ。
水竜の吐き出す鉄砲水が次々地面をえぐり破壊する恐怖の中で、ローズたちはそれぞれに行動していた。
「燃え尽きなさい!」
男らしく叫んだマヤが、遠慮一切無しで紡いだ火炎魔法をぶっ放す。生み出された紅蓮の炎は螺旋状に絡み合い、きりもみしながら直線に水竜へと襲い掛かった。
放たれた灼熱は水竜に直撃したが、しかし手ごたえは無い。それどころか炎は水竜の鱗の表面で弾かれ、弾かれた炎は周囲に無差別に拡散して、地面を焼いたり仲間に降りかかったりと酷い有様となる。
「……う~ん、やっぱ水の属性には火は弱いわねー。傷付けるどころか反射されちゃう。……まぁ、なんとなくわかってたけど」
「わ、わかってたならやらないでくれよ!」
危うく飛んできた巨大な火の粉で火だるまになりかけたジューザスが、蒼白な顔色でマヤへそう本気のお願いをする。マヤは「ごめんね!」と、まるでさっきのアイフェのごとく反省皆無な笑顔で彼に謝罪した。
「んじゃ、こっちはどうだ?!」
マヤの後に続き、今度はアイフェが紡いでいた呪術を完成させる。黄色く輝く魔法陣が彼が正面に突き出した杖の先に顕現し、魔法陣の消滅と共に今度は水竜に向かって一直線に、アイフェの前方の地面が次々と激しく隆起していった。
アイフェの発動させた術は土属性のもの。隆起した鋭利な地面が水竜の体を突き刺し、水竜は濁った悲鳴のような声を発する。『水のマナに属するものは土の属性のマナに弱い』という特性があるために、火の魔法とは違って今度は水竜に非常に効果があった。
だがその一方で、やはり術に巻き込まれて他の者も被害にあう羽目になっていた。
「うわっ!」
「ヒスっ!」
術の影響で周囲の地面は激しく揺れ、ヒスが湖に転がり落ちる。そして気づいたカナリティアが彼を助けに湖に飛び込んだが、彼女は湖に飛び込んで直ぐ自分が泳げないことを思い出した。
「た、たすけてっ……くそ、うまくおよげ、な……しぬ……っ」
「わぷっ! 私、そういえば、およ、泳げないんでしたっ!」
ヒスはカナリティアの体だからなのかどうもうまく泳げないらしく溺れ、カナリティアも彼の傍でバシャバシャと水しぶきを立てて泳げずもがいている。それを見たエレスティンは、主に泳げないのに湖に突っ込んだカナリティアに対して「何してるの!」と叫び、そして急いで二人の救出に向かった。
「ごめんなさいジューザス様、服濡らしちゃいます!」
「俺も行こう!」
エレスティンと共にローズもヒスらを助ける為に湖に飛び込み、二人のお陰でヒスとカナリティアは何とか湖の底に沈まずに済む。だが四人共、この寒い雪山でずぶ濡れとなって、本格的に命の危機を迎えていた。
「さささ、寒いです……このまま凍死しそうですよ……ううぅうぅぅ……」
「し、しっかりしてカナリティア!」
「そそ、そう言うエレ、お前も顔真っ青だぞ……おおお、俺も似たようなもんだと思うが……」
「これは、ま、まずいな……」
自分を含め、このまま戦いが長引けば何人か確実に寒さで死ぬと焦ったローズは、濡れた髪をかき上げながら短剣を構え立ち上がった。
「早く決着をつけないと……」
だがそうは言っても、今の状況でそれは難しい。体が変わったことで皆やはりいつものようには動けないので苦戦しているし、ヴァイゼスの者たちは魔法に慣れていないのでマヤたちの魔法に巻き込まれることも多い。
自分もいつもの大剣が使えずやりにくさを感じているし、どうすればとローズは考える。
「……そうか、俺はユーリなんだから……あいつの真似をすればいいのか」
何かを思いついた表情で、ローズはそう呟く。そして彼は決意したような顔となり、水竜へ向けて駆け出した。
◇◆◇◆◇◆
朱の尾を引き、竜の首が飛ぶ。そして聞こえる、狂気宿る高笑い。
「あっははははははっ! 最っ高ね、この体っ!」
上からの落下の勢いで火竜の首をカスパールでぶった切り、着地したレイリスは赤黒い血に全身を染めながらそう叫ぶ。凶悪な笑みで叫び火竜を狩る彼の姿はまさに悪魔、いややはり魔王だった。とりあえずどっからどう見ても悪役なのは間違いない。
「まずは一匹っとぉ……あぁもう楽しすぎてくせになりそぉ。ホント、あたしは一生この体でいいのに……邪魔なものをぶっ叩いて足蹴にするこの快感、すっごい気持ちいい……っ!」
べったりと顔まで竜の血に染めたレイリスは、唇についたその血を舌で舐め取りながらうっとりとそう呟く。傍でそれを聞いていたララは、恐怖に背筋を凍らせた。
「だめだ、あいつは元の体だったからまだ多少可愛げもあったんだ……最強の体を手に入れちまったら、あいつはもう誰の手にも負えない暴走兵器になるぞ」
元のマギもマギで手に負えないアレな人物ではあったが、彼は協調性がないだけで異常者というわけではないからまだマシだとララは思う。対してレイリスは精神的にちょっとアレしてて時々不安定だから、あそこまでノリにノっちゃうと何するかわからないのが怖い。
ちなみにその頃のねこ耳メイドマギさんは、普段の彼からは想像出来ない程大人しくなり、隅っこの方で膝を抱えて何か独り言をぶつぶつ呟いていた。こっちはこっちでそろそろ精神が壊れそうな危険な状況だったが、誰も構ってる暇はないのでほっとかれている。今回のマギさんは本当に可哀想な被害者だった。
「ちぃっ……あの性悪にばっかいいかっこさせられるかよ!」
レイリスが単独で一匹火竜を仕留めた事で、ユーリは不機嫌そうにそう叫ぶ。対抗心むき出しにした彼は、禍々しい刃幅の大剣を担いで火竜へ向けて駆けた。
『coOOoleDaisleAZeEEEeed.』
アーリィが呪文詠唱を終え、魔法を完成させる。魔法陣が展開すると、その傍でブレスを準備していた火竜の周囲の温度が瞬間的に絶対零度へ変わる。鱗の表面や翼が白く凍った事で火竜は上空での姿勢維持が難しくなり、ブレスを吐く前に火竜は地上へと落ちた。それをチャンスと見て、ユーリが大剣を軽々と持って走ってくる 。
「いつもと武器は違っても、長年あいつの戦い方見てたからな! こんなのヨユーで扱えるぜ!」
駆けながらそう言い、地に落ちた火竜の足元に近づいたユーリは、その言葉どおりの身のこなしで火竜へ向けて大剣を振るう。下から掬い上げるように振るわれた大剣の刃は硬い鱗を断ち切って、吹き出す返り血はユーリの体を赤黒い色に染めた。
呻く声をあげる火竜に確かな手ごたえを感じたユーリは、そのままの勢いで火竜を仕留めようと大剣を振り上げる。だがユーリが剣を振り下ろす前に、火竜は苦痛の呻きを発して絶命した。
「なっ……!」
自分の目の前で崩れ落ちる火竜に、ユーリは呆然と目を見開く。するとその崩れ落ちた火竜の上で髭親父……いや、ユトナが刀を火竜の頭に深く突き刺しながら、驚くユーリを見下ろして笑っていた。
「お前、クロウ……じゃねぇな。ユトナか……」
「残念だったな、ユーリ。俺が仕留めてやったぜ」
ユーリがレイリスに対抗心をむき出しにする一方で、いつの間にか彼女持ち(?)になりやがった勝ち組ユーリに対して、ユトナも怒りと劣等感で彼へ対抗意識を持って火竜狩りへと挑んでいたのだ。
「おいユトナてめぇ、横取りとか卑怯だろ!」
「知るか! トロいお前が悪い! くそっ、いつの間にか彼女とか作りやがって! お前なんて火竜に頭からゴリゴリ食われてろハゲ!」
「ハゲてねーよ! てめぇこそ毛根根絶してろ、この素人童貞!」
「童貞じゃねーっつってんだろ!」
ユトナとユーリが不毛な言い争いをしている間にも、他の者たちは黙々と火竜を始末していく。だが、何かがおかしかった。
「……それにしても、いくら打ち落としても火竜の数が減らないのは何故?」
魔力によって生成した矢でまた火竜を一匹打ち落とし仕留めたウネが、そう疑問の表情でポツリと呟く。彼女が感じていた疑問は、他の者たちも薄々感じ始めていた。
「なんか、竜の数増えてねぇか?」
ララが火竜の首から長槍を引っこ抜きながら、そう恐ろしい事実を呟く。それを聞きレイリスも「そういえば……」と、カスパールに付いた血を払い落としながら言った。
「最初は五匹だったわよね? あたしだけでももう三匹は切って落としてるのに、まだ空には四匹飛んでる……」
「おいおい、こりゃどういうことだよ……」
明らかに最初の数より増えている火竜に、ララは嫌な予感を感じて青ざめる。すると呪文詠唱をしていたアーリィが、それを中断して「あっ!」と声を上げた。
「どうした?」
ララがアーリィの元に駆け寄って声をかけると、アーリィは困惑した様子で「あ、あれ……」と空を指差す。ララもアーリィが指差す方へと視線を移して……そして彼は驚愕に絶句した。
「なっ……!」
アーリィが指差した先、そこにはラプラが尚も火竜をこちらへ誘導してきているという恐ろしい光景があった。
「……何やってるんだ、あの魔族……」
笑顔でこちらへ手を振りながら火竜を三匹ほど追加で連れてくるラプラを目撃して、アーリィは理解不能といった表情でそう呟く。どうもラプラは、何か大きく勘違いをしているらしい。
「だ、誰かあのバカを止めろ! あいつ、際限なく火竜連れてくるぞ!」
我に返ったララがそう叫ぶも、もう遅い。三匹連れてくるだけ連れてきたラプラは、また踵を返してどこかへと飛んでいってしまった。おそらくはまだ連れて来るつもりなのだろう。
「わ、私が彼を止めに行く!」
珍しく動揺した様子でそうウネが言い、彼女もまた漆黒の羽を背に生やしてラプラを追って空へと舞う。
とりあえず迷惑なラプラは彼女に任せるとして、残された者たちは七匹となった火竜の相手をしなくてはならなくなった。
「くそ……おいガキ共、喧嘩してる場合じゃねぇぞ! これ片付けるの手伝え!」
不毛な言い争いをしている場合じゃないので、ララがそうユーリたちに声をかける。
まだまだ彼らの戦いは終わりそうになかった。
◇◆◇◆◇◆
「えーい、くたばれー!」
『キャインッ!』
ウィッチはそうわざとらしく可愛い振る舞いをしながらえげつない魔法を発動させて、洞窟の奥に進めば進むほど出現する進行を阻む敵を次々倒していく。
ミレイが活躍してからのウィッチのやる気は、凄まじく違っていた。自分が注目され称賛されたいが為に、彼は率先して魔法で敵をフルボッコにする。最早戦闘では彼の独断場で、エルミラたちはおろかミレイでさえも出る幕はなくなっていた。
「はーい、僕に歯向かう身の程知らずな屑共の掃除は終わったよー」
何度目かの戦闘が終わり、ウィッチがそう一仕事終えた顔で皆に声をかける。そして彼は期待に目を輝かせながら、エルミラたちに聞いた。
「で、今回の僕かっこよかった?」
「はいはい、かっこよかったかっこよかった」
「ホント? 僕って正義のヒーロー?」
「うん、ヒーローだと思うよ……」
「ミレイより素敵に輝いてた?」
「ばっちり輝いていました、ウィッチ様」
「よしよし……」
こんな感じで戦闘が終わるたびにウィッチは皆に自分の活躍具合を聞くので、エルミラたちは違う意味で物凄い疲れていた。
「毎度毎度ご機嫌取りしなきゃいけないなんて、ホント面倒くさい神サマだよ……」
エルミラが溜息と共にそう小さく呟く。するとウィッチが、目が笑ってない笑顔を彼に向けて「何か言った?」と聞いた。
「ひいぃ! ななな、何でもないです!」
「そ。ならいいけど……」
背筋が凍るウィッチの問いかけにすっかり怯えたエルミラは、改めて自分たちの敵はやはりこの厄介な神サマだと悟る。
「いいかレイチェル、それにアゲハにリーリエ、余計な事言ってあの神サマの機嫌損ねるんじゃねーぞ」
「わかりました。そうですよね、何されるかわからないですからね」
「は、はい……気をつけます」
「エル兄が一番余計な事言ってると思うんだけど」
レイチェルの正しい突っ込みは聞こえなかった事にして、エルミラはまた勝手に先へ進み始めたウィッチの後を追う。
そしてまたしばらく歩いた所で、自由気ままに先頭を行くウィッチが「あっ」と声を上げて足を止めた。
「ど、どうしたんですか?」
アゲハがそう遠慮がちに声をかけると、ウィッチは前方を指差して「あれ」と言う。彼らの進行方向、直ぐ先の前方では行き止まりとなっており、少し広い空間が広がっていた。そして洞窟の天井に開いた穴から細く光が差し込むその場所から、ウィッチたちの耳に滴る水滴の音が微かに聞こえる。
「あ、アレじゃない! あの水溜りみたいなの、オレたちが探してるやつ!」
エルミラが興奮したようにそう叫び、リーリエも「きっとそうですよね……」と頷きながら小さく呟く。そうやら彼らは目的としたものがある場所へと無事にたどり着いたようだった。
「確かにあそこの池の水はマナが濃いね」
「やったー、じゃあやっぱりアレ汲んで持って帰ればいーんだよねー!」
ウィッチのお墨付きももらった為に、エルミラは「んじゃこの入れ物に水を入れてさっさと帰ろう」と言って持ってきていた水筒を取り出す。そうして彼が水を汲みに池へ近づこうとした時だった。
「待て」
「ぐげっ!」
勢いよく飛び出そうとしていたエルミラを、ミレイが首根っこを掴んで停止させる。首が絞まったエルミラが「何すんだよ」涙目でミレイに抗議すると、ミレイは彼を無視して真剣な顔でマナの水が溜まる池を見つめていた。
「え……何、何なの?」
ミレイの異変を察してただ事ではないと思ったエルミラが、ちょっと怯えた様子でそう疑問を問う。だがミレイはまたも彼を無視して、ウィッチへとこう声をかけた。
「ウィッチ様、何かいます」
ミレイのその一言に、ウィッチ以外の皆が緊張した面持ちとなる。一方でウィッチは「勿論わかってるよー」と、何故か楽しそうにミレイに返事をした。
直後に彼らの目の前、池を挟んだ前方になにやら青白い靄が発生して、アゲハとリーリエが抱き合って「お、おばけ?!」と怯える。靄はやがて何か形を成し、ウィッチたちの前に人型の姿の”何か”が現れた。
『……人の分際でここの水を手にしようとするとは……愚かな不届き者め』
まるで頭に直接音を送り込まれたような、そんな不自然な声がウィッチたちを威嚇する。
青白い靄は半透明のまま少年とも少女ともつかない中性的な容姿の人の姿となり、先の声と相俟って本格的にエルミラたちは怯えた。
「うわあぁぁ、おば、おばけー!」
「だだ、だからエル兄、ぼ、僕の後ろに隠れないでよ! 僕だって怖いんだから!」
「いやあぁあぁなんでいきなりおばけなんですか?!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、生まれてきてすみません……っ!」
わけのわからない急展開に、ヴァイゼスの者たちは狭い洞窟内で大騒ぎする。そして謎の存在はウィッチたちにもう一度警告を告げた。
『今すぐ立ち去れ。さもなくば……お前たちは皆ここで死んでもらう』
◇◆◇◆◇◆
「マヤ、ちょっと竜の気を引いていてくれないか?!」
「へっ?」
唐突にそうローズに声をかけられ、マヤは不思議に思いながらも「まぁ、いいけど」とローズに返事をする。
「そうか、ありがとう!」
「あ、ちょっとローズ?!」
ローズは返事を聞くとすぐさま駆け出し、マヤが呼び止めるのも聞かず行ってしまう。そのまま駆け出していったローズは、今度はアイフェの元へと向かっていた。
「アイフェ!」
「んー? どしたの?」
ローズに声をかけられたアイフェは、「オレ様に何か用?」と聞く。ローズは「あぁ」と頷いて、彼にこんなことを頼んだ。
「アイフェ、ちょっと俺の踏み台になってくれ!」
「へ?」
何を言い出すんだとアイフェがローズへ疑問を問う前に、ローズは重ねてアイフェへ「頼む!」と力強く言う。そしてなんだか物凄い真剣な様子のローズを見て、アイフェは思わず勢いで「お、おう……」と返事してしまった。
「ありがとう!」
「え、うん……でも青年、踏み台ってどゆこと……」
訳がわからないまま頷いてしまったアイフェは、この後酷い目に合う事をまだ知らない。
ローズはアイフェの確認を取ると、また駆け出していった。
「気を引く、ね……じゃあご要望どおりやってみましょうか」
ローズから頼みを受けたマヤは、剣を構えて呪文詠唱を始める。目の前の水竜は今現在、緊急処置としてウィッチから借りたバルタザールを剣形状にして持ったジューザスが相手をしていた。
『roZErifEReSultLoAdValiDAtEdLoGE.』
ジューザスをうっかり巻き込まないよう、マヤは集中して魔法を紡ぐ。そして呪文を唱え終わると、彼女の足元と竜の頭上に、大きさは違えど同じ形の黄色い魔法陣が輝き出現した。
「避けてね!」
「わあぁっ!」
マヤは魔法発動と共に、竜の傍にいたジューザスへと叫ぶ。ちょっとタイミング的に遅いような気もするが、しかしジューザスも魔法陣の出現で魔法発動を予感はしていたので、彼は驚きながらも即座に後退して水竜から距離を取った。
マヤの発動させた魔法は竜の動きを封じるものだったらしく、輝いた魔法陣から人の腕ほどの太さの蔓が何十本と生えて瞬く間に竜へと絡みつく。マヤがよく使う拘束術だが、巨大な竜相手にはいつもどおりの拘束力は発揮できないようで、竜が暴れると蔓は音を立てて次々千切れていった。だがマヤは気を引くことを頼まれただ けなので、ローズの要求通りなら彼女の働きはこの態度の足止めで十分だ。
ローズはマヤの魔法によって水竜の動きが鈍り、隙が生まれたことを確認して短剣を構え走り出す。彼は水竜目掛けて……では無く、自分と水竜の間に立っていたアイフェ目掛けて疾駆した。
「え、ちょ……何、ローズ君?!」
ユーリの肉体だからかいつも以上のスピードで駆けるローズは、心を鬼にして戸惑うアイフェを無視する。そして彼はアイフェに衝突する前に、身軽に飛んで……
「ぶふぇっ!」
アイフェを思いっきり足蹴にし、ローズは水竜目掛けて高くジャンプする。同時に聞こえた嫌な悲鳴は、言うまでも無く可哀想なアイフェの悲鳴だ。彼が言っていた踏み台とはまさに言葉どおりのことだったらしく、おもっくそローズに踏みつけられたアイフェは激痛からの涙目で「ひでーよローズくーん!」と、水竜に挑むローズへ向けて叫んだ。
だがローズはやはり心を鬼にして、アイフェの抗議を無視。彼は拘束を解こうともがく水竜の額に着地し、持った短剣を水竜の瞳へ目掛けて投擲した。
『オ゛オオォォオォオォォォオォっ!』
ユーリ程長距離を正確に狙って投げれるわけじゃないローズだが、額の辺りから目を狙うくらいならば出来ると判断し、実際彼の投擲したユーリの短剣は狙った水竜の右目に突き刺さる。片方の視界を奪われた水竜は、濁った悲鳴を上げて痛みに暴れた。
「うわっ!」
水竜が急に暴れた事でローズはバランスを崩して、竜から振り落とされる。しかし落とされた竜を、黒い羽を背に生やせて飛んだアイフェが回収し、ローズは再度湖に入らずに済んだ。
「はぁ……助かった、ありがとうアイフェ」
「うんうん、ローズ君。とりあえずお礼はいいから、ちょっとこのまま君にはお説教をさせてもらおうかな」
「え……?」
アイフェはそう言うと、何処か黒い笑顔のままローズを抱えて何処かに飛んでいく。ローズは「え、ちょっと……」と青ざめるも、そのまま彼は抵抗できずに運ばれてフェードアウトしていった。
「よし、今だ!」
ローズが視界を半分奪ったことで、竜の視界に確実な死角が生まれる。それがチャンスだと、ジューザスはバルタザールを手にその死角から水竜に迫った。
マヤの拘束術とローズの攻撃によって地上すれすれにまで落ちた竜に向けて、ジューザスはバルタザールを振るう。その剣撃は衝撃波となり、地を這いながら水竜の頭と胴を真っ二つに切り裂いた。
「わっ、やりました!」
「ジューザス様、素敵です……あ、でも見た目は私なんですけど、その……」
「うわ、エグイ……」
カナリティア、エレスティン、ヒスらがそれぞれに感想を言う中、ジューザスの止めの一撃でついに水竜は完全に地に落ちて沈黙する。それを見てマヤも「やっと終わったわね」と、嬉しそうに言った。
「さて、これで後は牙を回収して戻るだけね」
マヤは水竜の頭に近づき、剣で口をこじ開けて鋭い牙を取り出す。
「よし、じゃあ帰ろう」
マヤが牙を手に入れたことを確認して、ジューザスがほっと安堵の息を吐きながらそう言う。マヤもそれに同意して、彼女はアイフェを呼んだ。しかし。
「あれ、アイフェは?」
ついでにローズもいない。
しばらくして、どこかからローズの悲鳴が聞こえたとかなんとか。
◇◆◇◆◇◆
勘違いで暴走する友人を止めに向かったウネは、全力で飛んで何とかその暴走する友人の後姿に追いつく。
彼女はご機嫌に鼻歌を歌いながらまだまだ火竜を連れてこようとするラプラの後姿に叫んだ。
「待ってラプラ、もういいからっ!」
しかしウネの声が聞こえないのか、あるいは頭の中レイリスとの結婚でいっぱいいっぱいで聞く余裕が無いのか、ラプラは全く止まらない。イラっとしたウネは、無言で武器の弓を構えた。
「いい加減にして!」
そう言ってウネは止まらない男に、魔力の矢を流星の如く無数ぶっ放す。これにはさすがのラプラも身の危険を感じて気がつき、彼は素早い身のこなしでウネの放った矢を次々回避した。
「突然何をするのですか、ウネ!」
ここまでしてやっと止まってくれたラプラは、ウネに怒りの様子でそう言葉を向ける。しかし彼よりよっぽど怒っているウネは、「何を、ですって……?」と、ちょっといつもの彼女らしくないドス低い声で呟いた。
「あなたが話を聞いてくれないから……っていうか、どうしてあなたはいつもそうなの……? 自分の好きなことになると夢中になって、人の話を聞かないで暴走する……もういい加減うんざりなのよ、あなたのそういうところには」
戦闘態勢に入るとちょっと普段とは違い攻撃的な性格になるウネは、どうやら武器を持ったことで鬱積したラプラに対する不満が爆発したらしい。彼女は苛々した様子で、まだまだ彼に不満をぶつけた。というか”コレ”が、彼女が彼に対して抱く不満の最大要素なのだろう。
「大体、あなたの愛って歪んでる。好きな人が普段遠くにいて寂しいのはわかるけど、あなた最近禁術の知識を使って人工生命を作ろうとしてるでしょう。あなたの屋敷の地下室、人工素体がたくさんあって正直ドン引きしたわ。顔とかは私には見えないけれどもあれ、レイリス作ろうとしてるんでしょう? あぁ……もう本当に気持ち悪いっ!」
過去に歪んだ愛で散々な目にあったウネなので、ラプラのなんかヤバイ方向に突き進む愛が生理的に受け付けないらしい。まぁ普通の感覚では受け付けないのが正常だが、とにかく彼女は鳥肌まで立ててラプラのドン引きする行為を非難した。だがラプラも黙ってはいない。
「私はただちょっとリアルなレイリスの人形を作ろうとしているだけですよ。勘違いしないでくださいよウネ、魂までは込めません。そんなことをしても本物のレイリスにはなりませんからね、あれは観賞用ですよ。……まぁ、いざという時は本物の魂を完成した器に閉じ込めて……ふふふっ、私だけのものに……」
遥か上空でラプラぞっとする不吉な事を言うと、地上のレイリスは物凄い悪寒を感じて顔色を悪くする。
「ん? どうしたレイリス、止まってねぇでさっさと火竜倒してくれよ。悔しいが、今のお前が一番頼りになんだから」
「あ、そ、そうね……いや、なんか今すっごい嫌な予感がして……」
レイリスが身の危険をひしひしと感じている頃、ラプラとウネはついに火竜とかどうでもよくなって、二人で本格的に言い争いを始めていた。
「というか、何故あなたがそんなに私を非難するのですか?! 私とレイリスとの愛にあなたは関係ないでしょう?! ハッ、それともまさかあなたもレイリスのことを……そうですか、それであなたは火竜を探しにいく私を止めたわけですね? 私とレイリスの結婚を阻止するために……っ!」
「私はただあなたの愛は異常だって言ってるの! だって、と、閉じ込めるとか……あぁいや! ”彼”を思い出させないで! あなたは大事な友人だから、尚更”彼”のように間違った愛に走って欲しくないだけなの!」
そんな言い争いの末に、ついに二人はお互いに武器を向け合う。基本魔族は血の気が多く攻撃的な種族なのだというのが非常によくわかる展開だった。
「私とレイリスの仲を邪魔するのであれば、例え友人であるあなたでも容赦は致しませんよ……腕の一本や二本無くなっても文句を言わないで下さいね?」
「ここまで言ってもわからないなら、もう仕方ない。友人である私が、あなたの間違いを実力行使で気づかせて正してあげましょう」
そうして始まる、実力ある魔族同士の迷走した喧嘩。
ラプラの紡ぐ呪術が空を赤く染め、ウネの放つ魔力の矢が空を鮮やかな輝きに彩る。それを遠くで見ていた地上の人たちはというと……
「あいつら何してんだ?」
やっと全ての火竜を倒し終え、一息つきながらユーリが空を見上げてそう呟く。
激しい爆発や閃光が先ほどから絶え間なく空に見え、その原因はおそらくは今ここにいないあの魔族二人だろうと予想はしている皆は、ユーリ同様にそれぞれ首をかしげた。
「とりあえず、鱗は剥がせた……あとはこれを持って帰るだけ……」
アーリィがそう言って、たった今手に入れた火竜の鱗を皆に見せる。そうして小さく「やっと普通の服に戻れる」と、スク水で戦う羽目になっていた苦労と恥を疲れた様子で呟いた。
「そだな。とりあえず帰ろうぜ。マギもいい加減可哀想だしよぉ」
ララがそう言いながら、まだ隅っこの方でぶつぶつと一人念仏みたいなのを唱えているマギを見る。確かにそろそろ彼は可哀想だと、レイリス以外は彼に同情した。
「でも帰るって言ったって、ウネがいないと帰れないんだぜ?」
ユトナがそう言って空を指差す。物騒な爆発が花火のように続く上空を見上げ、「今のウネさんって、あんな感じなんだけど」と、困った事態を彼は呟いた。
「どうやって呼んでくるんスか?」
「そ、そうだよな……」
ユトナの疑問に、ララは苦い顔で眩しくスパークする空を見上げる。
どう見てもラプラとウネで今現在殺し合いをしているようにしか見えず、なぜそうなったのかを含めて疑問しかない彼らは困惑するばかりだ。
するとしばらく考えた後、ユーリがレイリスへとこんな事を言う。
「おい性悪、お前飛べるんならちょっとあそこまで行ってあいつら止めてこいよ」
「はぁ? なんであたしが……」
冗談じゃないと、ユーリの迷惑な提案をレイリスが断ろうとすると、ララが「おぉ、それいいな」とユーりの提案に賛成する。ユトナも「お願いします、レイリスさん」とか言って、レイリスを心底嫌そうな顔にさせた。
「嫌……って言うかあたしじゃ無くてもそこの聖女様だって飛べるじゃない」
レイリスがそう言ってアーリィを指差すと、ユーリが真面目に怒った顔で「何言ってんだよ」と彼に言葉を返した。
「アーリィちゃんをあんな危険極まりないとこに派遣出来るわけねぇだろ、ボケ!」
「……あたしならいいわけ?」
「当然だろ」
大真面目にそう返事するユーリに「死ね」と吐き捨て、レイリスは「あたしは嫌だからね」と皆に言った。
だが皆の視線と雰囲気が、『ちょっと行って来いレイリス』的なものになっている事実に気づいてしまい、レイリスは困惑する。
「ちょっと行ってきてくれよレイリス。大丈夫、マギの体なら魔法何発か食らっても死なねーと思うから」
「やっぱりレイリスさんは頼りになりますねー!」
「行ってきてくれると助かる……」
「つーことでほら、さっさと行けよ性悪」
「……あんたら、後で覚えてなさいよ。とくにユーリ」
仕方なくレイリスはカスパールを飛行形状へと変えて、ラプラたちの元へ向かうことにする。
「あぁもう、なんであたしが……」
高所恐怖症という弱点があるために、レイリスはちょっと泣きそうな顔で空を見上げる。だがなんかもう今自分が行かなくては話が先に進まなそうな雰囲気なので、レイリスは覚悟を決めてカスパールの羽で飛び立った。
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