【徒花】12
2020.09.09
「困りますね、女神様……優等生のあなたが、こんな問題を起こすなんて」
眼前に立つ追手の男の一人が、片手剣を構えつつそう言ってイリスへと鋭い眼差しを向ける。
一方でイリスは背後にアネモネを庇いながら、同じく武器に手を伸ばしながら自嘲気味に笑った。
「優等生、か……私はそんなふうに見られていたんだ」
苦笑交じりに呟きながら、イリスは自分たちを取り囲む追手の人数を素早く数え、把握する。……4人。一人で相手するには、やはり数が多い。しかし自分がやるしかないと、背後に庇うアネモネの様子を背中越しに感じながら思った。なぜならイリスの後ろに立つアネモネはひどく怯え、彼の外套の裾をつかむ彼女の手は大きく震えて、イリスに彼女の怯えの強さを伝える。とても彼女は戦える状態ではないと、見ずともそれが理解できた。
(しかし……やはり分が悪いな)
自分たちを囲む追手は剣を持つ者が3人、残り一人は杖を持っているので術師のようだった。
例えば自分が一騎当千の兵であったなら一人で彼らを相手するのも容易であったろうが、あいにくと自分はそんなに戦いが得意ではないとイリスは自覚している。そもそも術者である自分が剣士3人を相手に戦えるのだろうかと、そんな不安は確実にあった。
イリスの持つ鋭い刃が備わった杖は、杖というよりは宝石で装飾された槍か薙刀に見える武器だった。なので武器を刃物として使い戦うことも可能ではあり、相手の剣を受け流したりするような用途に使えないこともない。実際、そのような利用法も想定しての特殊な杖である。しかしイリス自身武術が得意というわけではないので、多数を相手に近接戦でどこまで対処できるのか……そんな不安を隠してイリスは苦く笑みを浮かべた。
「……あいにく私は優等生とは真逆の存在だよ。本当は悪いことをする方が好きなんだ」
「アイリス教の象徴であるあなたが、そんなことをおっしゃるなんて……」
「あぁ、そうだね……幻滅した?」
「そうですね……今回の事件も含めて、あなたのしたことを知ったらショックを受ける信者は多いでしょう」
「今までいい子で女神の末裔を演じてきたのだから、少しくらい私の自由にさせてもらってもいいんじゃないかな」
「あなたが多少の自由を得たいというのならば、シルベストリス様に事情をお話になれば許されるかもしれません。しかし……」
イリスと語る男は、彼の後ろに隠れるようにして震えるアネモネに視線を向ける。俯くようにして震えるアネモネを見遣り、男は厳しい口調で言った。
「巫女を解放することは決して許されない。彼女は禍そのものだ。女神アイリスの血を引くあなた自らが、世界に禍を放つというのですか?」
「いや、そんなつもりはないのだけども……」
答えながらイリスは後ろ手にアネモネに触れて、さりげなく自分から離れるよう彼女に指示する。アネモネは戸惑いつつもイリスの意図を察して、彼から離れるように数歩下がった。
「ただ、彼女もずっと閉じ込められてるだけじゃ可哀想……と、そう思っただけだよ」
そう言葉を返した直後、イリスは杖の切っ先を男たちへと向ける。そのイリスの行動を見て、追手側の術者が何かを察したように同じく杖を構えた。