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【徒花】09

2020.08.19

「なんだか納得していないような顔、しているね」

「そ、そんなことは……っ」

 イリスがアネモネの顔を覗き込むようにして彼女へと顔を近づける。するとアネモネは慌てた様子で赤面した。

「あ、あの、ちかいですっ……かお、が……」

「あぁ、ごめん」

「び、びっくりします……イリスさん、お顔が、とてもきれいですし……」

 まだ少し照れた様子で呟いたアネモネの言葉に、イリスは少しだけ眉根を寄せる。そんな彼の様子を見て、アネモネはまた不思議そうに小首を傾げた。

「あ、私……なにか、気に障ることを、言いましたでしょうか……」

「いや……あ、そうだ」

 不安そうなアネモネの表情を見ないふりをして、話題を変えるようにイリスはこんなことを彼女へ告げる。

「私のこと、『イリス』でいいよ」

「え?」

 驚いたように目を丸くするアネモネに、イリスは冷めた表情を変えずに重ねて「だから」と告げる。

「別に『さん』とかつけなくていいよ。歳は違うけれども、私と君の立場はほぼ同じでしょう。それに、どうせこれから長い付き合いになるんだろうし」

「え、で、でも……っ」

「私も君のこと、アネモネって呼ばせてもらうけども」

「あ、あう……そ、それは構いませんが……」

 呼び捨てで名を呼ぶことに抵抗があるらしいアネモネは、困った様子で「でも」や「あの」といった戸惑いの言葉を小声で繰り返す。しばらくはそんなアネモネを黙って眺めていたイリスだったが、やがて痺れを切らしたように彼女へ向き直ってこう告げた。

「はい、じゃあ練習しようか」

「え?」

「イリスって、私のこと呼んでみて。練習」

「ええぇ……」

 ひどく困惑するアネモネを見て、イリスは少し意地悪な笑みを浮かべる。

「そんなに嫌? それともアレかな、女神教の信者みたいに『イリス様』って呼ぶ方がいい?」

「……そ、そちらの方が……精神的には、楽ですね……イリス様……」

 大真面目にそう答えるアネモネに、今度はイリスの表情が困惑に変わった。

「いや……やっぱやめてほしい。君とはそういう関係じゃなく……対等な立場で付き合いたいし」

 わかってはいたが、彼女は冗談が通じないタイプだとイリスは改めて理解する。そして思わずため息を吐くイリスを見て、アネモネはきょとんとした表情を返した。

「まぁ、どうしても嫌なら強制するつもりはないけどさ……」

「あ、え、えと……」

 頭を描きながら「イリスさんって、ちょっと他人行儀っぽいのが気になっただけだし」とイリスが呟くと、そう呟く彼の表情が寂しげなものに見えたのだろうか、アネモネは突然「わ、わかりました」と力強く頷いた。

「わ、私……呼ばせていただきます……れんしゅう、お付き合いください……っ」

「へ?」

「だから、呼びますから……あの、あなたのこと……その、えと……い、い、イリ……うぅ……」

 決意した表情のアネモネは一度深く深呼吸をすると、再度口を開く。

「い、イリスっ!」

「うわっ、声大きいって……っ」

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