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【徒花】08

2020.08.12

「君がさっき言った言葉……『女神様が助けてくれた』ってやつ。正直私にはそんな、誰かを助けられる力は無いと思っているよ」

 苦笑したままイリスがそう言葉を漏らすと、アネモネはやはり不思議そうな表情のままで「そうなのですか?」と返した。

「うん。別に大した力は無いよ。多少魔術を使うことは出来るけど、それはゲシュなら大体みんな出来ることでしょう?」

「はい、それはそのとおり、ですが……しかし、女神さまの一族は……癒しの力があると、聞きました」

「あぁ……確かに、ほんの少しだけ癒しの力はあるけども……」

「癒しの力を持つ人は……とても少ないと、本で知りました。ですから、それだけでも……特別な存在と、私は感じるのですが……」

「そうかな? 私は、そんなふうに思ったことは無いな」

 通常の魔術とは違い、癒しの効果を持つ魔術を扱える者は希少だ。ゲシュであれば誰でも魔術を使う素質を持つが、その中で癒しの力に関しては、扱える者は遺伝と本人の素質に影響されて非常に数が少なくなる。
 アネモネの指摘する通り、イリスは希少な癒しの力の使い手であるが、その力で誰かを救った経験が無いからであろうか、癒しの力を持つことに関して特に特別であると思ったことは無かった。

「癒しの力で誰かを救った経験は、まだないからね。だからかな……特別とは思わない」

「そう、ですか……」

 イリスの言葉を聞き、アネモネは何か考えるように目を伏せて一瞬沈黙する。すぐに彼女は顔を上げ、「じゃあ」と口を開いた。

「これから、救っていくんです、ね」

「え?」

 なぜか嬉しそうに笑うアネモネに、イリスは思わず怪訝な表情を返す。気にした様子もなく、アネモネはこう言葉を続けた。

「イリスさんは、私のこと、助けて……救ってくれました。だから、これからもっと……たくさんの人を、同じように……救うことになるのかな、って」

「……なにそれ」

 アネモネの無邪気な言葉を聞き、イリスは思わず苦笑いを漏らす。自分は誰かを救うような存在ではないと、普段なら自虐を含めて再度言い聞かせるところだが、自分を信じ切っているアネモネの様子を見ているとこれ以上否定するのも野暮に思えた。
 そして彼は話題を変えるように、続けて口を開く。

「ええと、それでなんだっけ……。そう、君を助けた理由だよね。自由になりたかったって、その答えで納得してもらえた?」

「あ、う~んと……わかったような、わからない、ような……」

「私は常に君の傍にいないといけない。そういう役割だからね。でも、そうするとずっとあの塔にいなきゃいけなくなる。……自由になるためには、君を塔から連れ出せばいいんじゃないかって、そう考えたの」

 元々問われたことに対して、そうイリスは答えを返す。それを聞いたアネモネは、納得したようなそうでないような、曖昧な表情で「そうですか」と頷いた。

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