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【徒花】07

2020.08.11

 か細くそう伝えるアネモネは、かつて世界を焼いた紫の炎と同じ色の瞳で、イリスへと柔らかく微笑んだ。
 そのアネモネの視線を、イリスは複雑な心中で受け止める。彼はアネモネの表情とは対照的に、僅かに表情を歪めた。そうして先ほど自身がアネモネに対して感じた違和感に似た感情、その意味にイリスは気が付く。

 『禍の巫女』は人々の生贄である。
 本人が望んで受け入れたわけではない災厄のために命を削り、狂気の神に飲み込まれる恐怖と常に隣り合わせで生きなくてはならない。それなのに人々からは畏怖の対象とされ、差別に近い形で隔離されるのだ。そのような境遇の中で生きなくてはならない時、通常であれば世界を憎んでもおかしくないだろう。守るべき対象の人々には恐れられ、自身の未来には一切の希望は無く、いっそ内に封じた『禍』に身をゆだねてしまった方が楽になれるのではないかと、そんな考えに至っても誰も彼女を責めはしないのではないだろうか。

 しかし、今こうして目の前で話す彼女にはそんな負の感情は感じられず。

「……悪いけど、私はそんなきれいな存在じゃないよ」

 思わずそう吐き捨てるようにつぶやいたイリスの胸の内には、微笑みを浮かべるアネモネとは対照的などす黒い感情が渦巻いていた。

 人々は自分を『女神』と神聖視し、「こうあるべき」という理想像を勝手に押し付けてくる。
 例えばそれは『優しさ』や『慈悲深い心』であったり、あるいは『万能の存在』であると考える人も少なくはない。
 幼いころから『女神』という象徴であることを教育されたイリスなので、対外的には常に笑顔でいることを心掛けているし、物腰柔らかく人に接するようにもしている。しかしそれは周りから押し付けられた仮面であって、本当の自分ではない。本当の自分はもっとずる賢くて俗っぽく、他人に興味を抱くことも少ない、どこか冷めた目で世間を見ている擦れた性格なのだ。そんな自分が興味を引かれた彼女は、彼女が自分にはないある種『理想の自分』であるからだろうか。きれいな感情で自分を見つけてくるアネモネの、その眼差しを直視するのがつらくて、思わず彼は目を逸らした。

(そうか、彼女を見ていると……自分が惨めに思えるのか)

 神聖な存在とは程遠い自分の本質に改めて気づかされ、イリスは視線を逸らしたまま重いため息を吐いた。
 そんなイリスの様子を心配してか、あるいは先ほど彼が呟いた言葉を気にしてか、アネモネが心配そうな様子で声をかける。

「あ、あの……だいじょぶですか? 私、なにか……失礼なこと、言いましたか?」

 おどおどとして不安げな様子のアネモネに気づき、イリスは慌てて首を横に振る。

「あ、いや……大丈夫、君は何も悪いことは言っていないよ」

「そう、ですか……?」

 不安げな表情のまま小首を傾げたアネモネは、ほんの少し躊躇う様子を見せつつも疑問を続けた。

「でも、それじゃあ、先ほどの……『きれいな存在じゃない』というの、は……?」

 アネモネの問いに対して答えるかを一瞬迷ったイリスだったが、何の非もない彼女を不安にさせたことと、彼女に嫉妬した自分に負い目を感じて答えることにする。

「あぁ……私は君が思うような存在ではないから、と……そういう意味の言葉だよ」

 自分の言葉に対して不思議そうに眼を丸くするアネモネを見て、イリスは小さく苦笑した。

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