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【徒花】04

2020.08.04

「かつて起きた『審判の日』……この大陸に生きていたもう一つの種族「ヒト」を襲った、悲劇……ある日、突然に顕現したイシュオットメアリは、不吉な紫の炎で大陸全土を焼きました。しかし、その炎は、私たちとは異なる種族の「ヒト」だけを襲い、彼らの命の多くが奪われた……」

 寂しげに語るアネモネの言葉に繋げるように、イリスもどこか神妙な面持ちで口を開く。

「そうして『審判の日』の後、残ったのは私たちのような獣人の種族『ゲシュ』だけだった」

 イリスのその言葉に、アネモネは小さく頷いた。

「はい……ほんの少しだけ、助かった「ヒト」もいましたが……かつては大陸に半々に生きていた、ゲシュとヒトですが……今ではほとんど、ゲシュしか生きていません……」

 なぜ禍と呼ばれる邪神『イシュオットメアリ』が、突如大陸に住まう一つの種族を滅びに導いたのか、その理由ははっきりとはわかっていない。
 ただ、想像されている理由に「ヒト」が知恵の種族と呼ばれ、彼らによって「審判の日」以前の大陸の文明は大きく発展していたということが挙げられている。

 獣人である「ゲシュ」と獣の特徴を持たない「ヒト」には、見た目以外でも大きく異なる種族差が存在する。それは、「ゲシュ」は世界の理に干渉して「魔術」あるいは「呪術」と呼ばれる奇跡に似た力を行使することが出来る一方で、創造する力を持つ「ヒト」は高度な機械技術を生み出して文明を発展させる力を持っていた。

 かつて大陸では「ヒト」によって機械技術による文明が高度に発達し、「審判の日」が起きる直前の時代には、大規模な都市では巨大な建築物がいくつも立ち並び、機械の乗り物による物流も盛んに行われていた。また、「ヒト」が多く暮らす街はどこも賑やかで活気があり、機械技術で物流や交通を便利に発達させていくことで自国を豊かに導いた結果、大陸で強い影響力を持つ国の多くが「ヒト」を中心とした国であった。一方で機械を扱うことができないゲシュは、世界が機械を中心に大きく発展するほどに種族としての立場を弱めていった。

 そうしていつの間にか種族間での優位・劣位が生まれ、ヒトとゲシュの間に種族の対立という溝が徐々に生じ始める。
 機械技術は産業や生活の基盤となる様々な箇所に活用され、圧倒的な利便性から人々の生活に無くてはならないものとなるのと同時に、それを扱い生み出せる「ヒト」は「ゲシュ」を見下し、彼らを奴隷のように扱う者たちも出てきたのであった。
 一方でゲシュも機械技術による恩恵を受けていた立場であり、誰しもがその利便性を理解していたが、しかし前述のとおり「ヒト」が「ゲシュ」を下位の存在として見るようになると、機械技術や「ヒト」そのものに嫌悪感を示して反発する者たちも出てくることとなる。
 戦争にまで発展するような大きな争いはかろうじて無かったものの、ヒトとゲシュが共に暮らす時代の末期には、彼ら二種族が対立する小さな小競り合いが各地で頻発していた。

 そんな暗雲立ち込める時代、ヒトは機械によって多くの兵器も生み出していた。ヒトとゲシュの対立が表面化してくると同時に、ヒトは機械兵器にという武力によってゲシュの反発を封じ込めようと考えたのだ。一方で特にヒトに対して反発していたゲシュ中心の国家は、機械兵器を生み出して圧力をかけるヒトに対して、自分たちだけが使える力『魔術』による対抗策を考える。その結果、古の禁術によって呼び出されたのが邪神「イシュオットメアリ」ではないかと推測されていた。

「イシュオットメアリが、顕現したのは……この、地……イデア同盟のシルベストリス侯爵家の所領、です……」

「イシュオットメアリを呼び出したのはゲシュであると、イデア同盟のシルベストリス家をはじめとしてゲシュの誰もがそれを正式には認めていない。けれども古の禁呪によってイシュオットメアリは呼び出され、「ヒト」への審判が行われてしまったと、現代に生きる者はみんなそう考えている。そして、それがゲシュにとって最大の過ちであったとも、ね」

「はい……ヒトと、ゲシュのかつての関係を思えば、ゲシュ側が禁呪を使う発想に至ることも、わからなくもないですが……それでも、とても悲しい結果を、生んでしまった……」

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