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【神化論SS】手向けの花を、君に——Renze

2020.11.02

▼今日の投稿は、設定集に再録しようかなと思っていたマギの話です。
マギとレンツェの話はもっと書きたかったな~。

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「ジューザス様、またマギが失踪しました」
 
 ジューザスの部屋に入ってくるなり、エレスティンはそう溜息と共に報告する。
 
「え、また?」
 
「はい、またです」
 
 驚いて顔を上げたジューザスに、エレスティンは疲れた様子で頷いた。
 
「もうこれで二十回目くらいですよ、マギの勝手な失踪は」
 
「そうか……う〜ん、マギには北方の調査に行ってもらおうと思ったんだけどな」
 
「私はともかくジューザス様に出かける報告も無く勝手にいなくなるなんて、あいつは本当に非常識な……」
 
 ジューザスが困ったように呟くと、自分勝手なマギをエレスティンが怒りの表情で咎める。そんな彼女を見て、ジューザスは苦笑しながら「まぁ、いないなら仕方ないよね」と言った。
 
「しょうがない、北方にはエレ、君に……」
 
 ふとジューザスは目を大きく見開いて、「あ、そうか」と言葉を漏らす。それを聞いてエレスティンは「どうしたんですか?」とジューザスに聞いた。
 
「あ、いや……ちょっと思い出したんだ」
 
「え?」
 
 不思議そうな顔をするエレスティンに、ジューザスは少し寂しそうに笑いかける。
 
「マギがいなくなった理由をね、思い出したんだ。今日はマギにとっては大切な日だったんだよ……すっかり忘れていた」
 
「マギの?」
 
 ジューザスの言葉を聞き、「誕生日か何かでしょうか?」とエレスティンは眉根を寄せて聞く。ジューザスはただ曖昧に笑うだけだった。
 
 
◇◇◇
 
 
 一年ぶりの故郷は相変わらず寂れた空気が漂う。冷たい空気はいつもこの季節のこの村では変わらない。
 毎年、彼女がいなくなってから何百回と訪れている村外れの丘に、マギはヴァイゼスの制服とは違う黒の外套を吹き付ける風に靡かせて立っていた。
 
 村の隣に広がる大きな森が見渡せる丘に、小さな墓石がいくつも並ぶ。その中の一つに、手に白い花束を持ったマギが近づいた。
 
 墓碑に刻まれた名は”レンツェ・エルオーダ”
 生前の彼女は自分と家族になることを『マギの負担になる』という理由で拒んでいたが、マギは彼女の両親に頼み墓碑にこう名を刻ませてもらった。法的には自分の出生も含めて色々と問題が多く夫婦にはなれなかったが、それでもマギにはこれで十分だった。でも彼女はどうなのだろう。自分が今もまだレンツェという女性を愛 している事を、彼女は『やっぱり負担になっている』と心配しているだろうか。それがマギには唯一不安だった。
 
 
「久しぶりだな、レンツェ」
 
 一年ぶりに訪れた彼女の墓は、少し土で汚れている。
 マギは片膝をついてしゃがみ、指先で墓石に刻まれた墓碑銘をなぞる。風化でだいぶ読みにくくなったなと、マギはそれを気にしながら墓の前にそっと花を置いた。
 
「毎年この時期のここは寒いな。雪が降るほどに寒いあの街ほどではないが……」
 
 墓に語りかけ、マギは小さく笑う。直後人の気配を感じて、マギは背後を振り返った。
 
「こんにちは」
 
 マギの後ろにいたのは初老の女性。彼女もここに墓参りに来たのだろう。マギに笑顔で挨拶をした彼女は、手に小さな花を抱えていた。
 
「ここで人と出くわすのは珍しいわ」
 
 女性はそう言いながら、隅にあった同じく小さな墓碑の前に立つ。花を優しく置き、そこで手を合わせた彼女を、マギは無表情に眺めていた。
 
「あなたも随分と古いお墓に用があるのね」
 
 女性は突然、そうマギに話しかける。「大切な人の墓なの?」と問う彼女に、マギは立ち上がりながら「あぁ」と素直に頷いた。
 
「妻の墓だ」
 
 マギの答えに、女性は驚いたように目を丸くする。マギ自身も内心で、見知らぬ他人に聞かれたこと以上のことを喋っていることに驚いていた。
 
「奥さん……そう、それにしては随分と古いお墓のようだけど……」
 
 女性はマギの言葉に興味を持ったらしい。そう尋ねた彼女に、不思議とマギは「随分と前に死んだからな」と言葉を返していた。
 
「そんなに昔に?」
 
「……」
 
 マギは足元に視線を落とす。墓碑に刻まれた彼女の没年月日は相当に古い。
 
「あなたもしかして……魔族かい?」
 
 察した女性が先程とはうって変わって、警戒した声でマギに聞く。一方でマギは変わらぬ様子で、「いや、ゲシュだ」と言った。それにまた女性は驚き、そして表情を少し険しいものにする。
 
「そう……正直、わたしも魔族やゲシュにはいい感情がない。それが常識で育ったからね」
 
「そうか」

 女性の言葉に、マギは無感情に返事を返す。ゲシュの差別など、彼にはどうでもよかった。
 
「……でも、こんな場所でそんな事を言ってもね……魔族もゲシュも人も、死んだらみんな同じ。肉体は地に還り、魂はどこかへと運ばれていくんですもの」
 
 表情を緩めた女性は疲れたように溜息を吐き、「もう少し聞いてもいい?」とマギに聞いた。マギは無言のままその場に立ち尽くす。女性はそれを肯定ととり、彼に話しかけた。
 
「奥さんもゲシュだったの?」
 
「いや、彼女は違う」
 
「そう……じゃあ人間だったのかしら」
 
「あぁ」
 
 なぜ知らぬ老女の会話に付き合っているのかとも思いながら、マギは立ち去る気にもなれず返事を返す。
 もう少しレンツェの側にいたいという気持ちもあり、不思議なことに今の彼には彼女とのことを少し誰かに話したいような気分でもあった。だからか、彼は老女の会話に付き合う。
 
「奥さんはあなたがゲシュと知っていたのかしら」
 
「知っていた」
 
「知っていて、あなたと共に生きる事を選んだのね」
 
「……そうだな」
 
 女性は自身の前に立つ墓を見つめながら、「珍しい」と正直に言葉を漏らす。それを聞き、マギはほんの僅か苦笑した。
 
「たしかにあいつは変わっていたな。俺なんかを好きと言ったのだから」
 
 マギはゲシュということで村では差別されていた。そんなにゲシュ差別の激しい村ではなかったためにまったく居場所がなかったわけではないが、それでも親に捨てられた彼は最初村ではいつも一人だった。そんな自分に彼女は好き好んで接触を図ってきたのだ。当時のマギからしても、彼女は相当の変わり者に思えた。
 でも、そんな彼女だからこそ自分は彼女に心惹かれたんだと思う。
 彼女は自分の感情に素直で、周りの評価には流されない。いつも自分の思うとおりに行動し、自分の人生を悔いないよう精一杯生きる彼女の姿が、マギには新鮮で魅力的だった。
 
「あなたも変わっているわ。自分を好いてくれた人を『変わってる』なんて言うんだから」
 
 女性は最初に会ったときのように、いつの間にか完全に警戒を忘れ微笑んでいた。彼女の目に映ったマギの態度がよほど変わっていて、彼がゲシュだということを思わず忘れさせたのだろう。
 
「あなたも余程彼女を愛していたのね」
 
「……」
 
 女性は微笑み、「だって毎年ここに来ているでしょう、あなた」と言う。マギは驚いたように僅かに目を見開いた。
 
「わたしもこの季節になるとここに来るの。……これはわたしの旦那のお墓。彼が亡くなってからここに来るたび、あなたの前のお墓にいつも花が添えられているのを見ていたのよ」
 
 女性は自分の前に立つ小さな墓石を眺め、そして「いったいどんな人が毎年そこのお墓に花を添えているのかしらってね、ずっと気になっていたの」と言う。そして彼女はマギに視線を移し、笑った。
 
「奥さんが羨ましいわ。いつまでも愛してもらえて」
 
「……本当に、お前はそう思うか?」
 
 無意識にそんな言葉がマギの口から出ていた。「え?」と目を丸くする女性に、マギは無表情に呟く。
 
「彼女は俺と夫婦になる事を望んでいなかった。愛し合っていたが、だが彼女はそう長く生きられる体じゃなかった。だからあいつは俺にはこの先、自分以外の者を愛してくれと言っていたんだ。いつまでも死者を想うなと……あいつは俺の負担になるのが嫌だったらしい」
 
 自然と自分が感じていた不安が口から零れ落ちる。ずっと不安だったが、しかし誰かに聞けるはずもなく、そもそも彼女以外の誰かに聞いても答えなど出ない問いだとマギは思っていた。だからこんなことを口に出したのは初めてで、マギは自分の行動に僅かに戸惑いを感じていた。
 しかし一度問いを向けてしまったら、答えは聞きたい。むしろ彼女を想い続ける自分の方こそ彼女を苦しめているのではと、そんなことさえ最近は感じ始めていたから。
 
「あなたは負担だと思っているの?」
 
「なにを……」
 
 優しげな瞳で、戸惑うマギに女性は聞く。
 
「彼女のこと」
 
「そんなこと……っ!」
 
 マギは思わず声を荒げる。しかし女性は気にせず、むしろ優しく笑んだまま「ならそれでいいじゃない」と言った。
 
「彼女はただあなたに選択肢を与えただけで、あなたはその選択から彼女をずっと想い続けることを選んだ。それだけでしょう……あなたがそれを選んだのなら、ずっと愛してもらえていることを彼女は喜んでいるわよ」
 
「……だと、いいがな」
 
 祈るような言葉を呟きながら、マギは目を細めて灰色の空を見上げた。
 
 結局自分の問いの答えを、本当の意味で知ることは叶わない。
 それでもレンツェが老女の言うように、自分の想いを喜んでいてくれたら……。
 
「……それじゃあわたしはこれで村に戻ろうかしら」
 
 女性はそう独り言のように言って立ち上がると、マギに「それじゃあわたしはこれで」と言葉を向ける。マギはただ黙って彼女に視線を向けた。
 
「今日はあなたと話ができてよかった。……昔よりもゲシュに優しくなれた気がするから」
 
 マギはやはり無言のまま目を逸らす。老女が村へと戻る足音を聞きながら、彼はもう一度空を眺めた。
 
【END】

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